火野葦平関連エントリー

火野葦平旧居 その1

火野葦平旧居 その1 火野葦平 は北九州市若松区の 「河伯洞」 で執筆活動していたそうだ。 代表作は 『麦と兵隊』 だが、勿論、オイラが未読であることは言うまでもないのである。 ただ、玄関に貼ってあった トンプク が気になったのである。 ...

火野葦平旧居 その1

炭坑節(池田浩士『火野葦平論』より)

... (典拠:池田浩士「馬賊芸者の同胞たち」『火野葦平論』Ⅷ章、インパクト出版、2000年、p.352) 私は閉山して久しい炭鉱部落のボタ山の近くにあった、いかにも元は炭鉱長屋だったと思われるような市営住宅で育ち ...

炭坑節(池田浩士『火野葦平論』より)

[購入書籍]火野葦平『糞尿譚・河童曼陀羅(抄)』

火野作品は読んだことがない。が、タイトル買いしてしまった。ウンコに シッコ にカッパだぜ? 糞尿譚・河童曼陀羅(抄) 作者: 火野葦平 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2007/06/09 メディア: 文庫 Permalink | コメント(0) | 22:54

[購入書籍]火野葦平『糞尿譚・河童曼陀羅(抄)』

火野葦平・河伯洞

北九州市若松区の中心部から少し外れたところに、芥川賞作家・火野葦平の旧居がある。 昭和15年・34歳の時から昭和35年・53歳で自ら命を絶つ時まで住ん ... 火野葦平と言えば、“麦と兵隊”をはじめ“土と兵隊”“花と兵隊”の兵隊三部作をはじめ ...

火野葦平・河伯洞

「花と龍」火野葦平

入院中に「花と龍」(火野葦平)を読んだ。 カバーの惹句によればこんな物語である。 ~~~~~~ 明治の終わり、故郷を追われ北九州若松港に流れてきた男と女。 ... 沖仲仕組合のストの旗を振る玉井金五郎の長男玉井勝則こそ火野葦平その人である。

「花と龍」火野葦平

火野葦平とは?

火野 葦平(ひの あしへい、1907年1月25日 - 1960年1月24日)は、昭和期の小説家。本名玉井勝則。福岡県遠賀郡若松町(現北九州市若松区)で港湾荷役の「玉井組」玉井金五郎の三男二女の長男として生まれる。中村家に嫁した金五郎次女の息子が、医師中村哲である。旧制小倉中学(現福岡県立小倉高等学校)卒業、早稲田大学英文科中退。『糞尿譚』で芥川賞を受賞、その後の『麦と兵隊』は大きな評判をよび、『土と兵隊』、『花と兵隊』とあわせた「兵隊3部作」は300万部を超えるベストセラーとなった。
小倉中学(現福岡県立小倉高等学校)時代から文学に関心をよせ活発に活動。第一高等学院入学後、童話集を自費出版する。1926年、早稲田大学英文科に入学し、寺崎浩や田畑修一郎らと同人誌『街』を創刊、小説や詩を発表していたが、1928年、兵役で福岡第24連隊に入営。除隊後は大学に戻らず、家業の沖仲士の組頭「玉井組」を継いで、若松港湾労働者の労働組合を結成するなど労働運動にも取り組むが、検挙されて転向し、地元の同人詩誌『とらんしつと』に参加して再び文学活動を開始する。1930年8月に養女良子と結婚、9月には長男闘志が生まれる。1934年筆名を火野葦助から火野葦平にあらためる。

火野葦平の詳細

火野葦平に関するニュース


今年は作家火野葦平
西日本新聞
今年は作家火野葦平の没後50年にあたり、出身地の北九州・若松が盛り上がっている。火野葦平資料館の記念展にはカッパを愛した葦平をはじめ、板画家の棟方志功や女優の高峰秀子が描いたカッパの絵が並ぶ。地元は年間を通してさまざまな記念イベントを計画中という。 ...


【文士の流儀】(6)石川達三(下)文壇的には不遇だった
MSN産経ニュース
昔は井伏鱒二、火野葦平、当時なら五木寛之、後藤明生など、みな中退者である。 3回と4回で丹羽文雄と舟橋聖一をライバルと書いたが2人と比べると、石川さんは文壇的には不遇だったともいえる。第1回の芥川賞受賞者で流行作家となったが、その後、丹羽、舟橋が受けた ...